『愚行録』証言のみで描く事件と無情感 -読書感想
ジャンル:ミステリー
普段ミステリ小説を読んでいると、だいたい殺人事件が発生すると読者は当事者側
その現場にいた人物目線でいる事が多い。被害者の人となりもそれなりに知っているし、もしかしたら犯人の動機も
そんな経験の中で、本作が行なう事件の描き方は新鮮と新発見
被害者の関係者による証言だけで描かれる事件とその人物像が面白い
感想
都内で発生した一家殺人事件
夫は早稲田出身、不動産会社勤務のエリートサラリーマン
妻は慶應出身のお嬢様で、子供が2人
あるルポライターが行った、被害者夫婦の関係者へのインタビューを中心に、そんな完璧な家族の真の姿に迫る
構成
全編、インタビュイー(インタビューを受ける人)の話をそのまま文章に起こした形式
最初はちょっと面食らうけど、結構すぐ慣れます。
事件ではなく人物を掘り下げる
本作ならではの要素
ママ友、職場の同僚、同級生、元恋人といった、被害者の知人をインタビューするという形式
本作に登場する人物は精神異常者でも犯罪者でもない、みんな普通の人
はたして、そんな普通の人々が語るエピソード集が面白いのか?
と疑問に思うかもしれないが、これが中々に面白い。
基本的に仕事や人間関係、被害者の学生時代、男女問題に関するエピソードが中心
それを本人から直接聞くのではなく、間に他人(とその主観)が入る事で
被害者夫妻の良く言えば人間らしい、悪く言えばエグい姿が垣間見え、その印象が2転3転していく
それと同時にインタビュイーの内面も徐々に滲み出る。それらが変に生々しく引き込まれる
次第に薄れていく事件
一家殺人事件というショッキングな事件で幕を開ける本書。
実際、僕もその設定に惹かれて本書を購入したクチ
しかし、作中でその扱いは驚く程に小さい。捜査の進展具合の描写も少ない。
せいぜい、たまにインタビュイーが「そういえば~」と口にする程度でしかない
僕自身もこの事件は、読み進めていくうちにいつしかギラギラした感じを失い
本作中で語られている様々なエピソードの一つに収まっていた。そんな感覚になる。
一つのメインに据えて書けそうな事件なのに、役割的には導入装置のよう
しかし、本作はあくまで事件が起こった事が前提で進むので
常に気持ちの底に張りついているような、嫌な雰囲気があった。
気になった点
- 一家殺人事件が直接のメインではない
- 犯人とその動機は評価が割れそう
- インタビューの妙に生々しい内容が時々しんどい
おわりに
最後に犯人が明らかになるも、読み終えた直後は無常感というか、灰色のような気分を味わった。
本書タイトルの「愚行録」。それがそのまま感想になってしまう。そんな印象を受ける
インタビュイーの書き分けは見事で
性別・年齢・職業の異なる複数の人間が
そこにいたし、それぞれの本心や性格が
徐々に透けて見えてくる感じはリアルだ
(こいつ嫌な奴だな~と思う人もいた)
事件の真相を知ったところで
カタルシスがある訳でもない
ただただ、被害者夫婦を中心とした
過去から現在までの出来事が並んでいる
しかし、何か不透明なものが胸に残る
そんな嫌な重みがある記録の一冊
その他
下の下に少しネタバレあります。
若干のネタバレ
本書の開いてすぐ、一つの新聞記事が載っている
本書を一気に読み終えた人は、どうか分からないが
僕は、読み終わるまで1週間程掛かった中で、本編・解説を読み終え
何となく最初に戻り、その新聞記事を見た時の衝撃は、最近読んだ本でも一番だった。