床が友だち!

日々の労働が辛い僕の体験まとめノート

今さら語りたい、『GODZILLA 決戦機動増殖都市』

アニゴジ3部作も、いよいよ3作目が今週末から公開。この1年は割と早かった

 

そんな今になって、2作目である「決戦機動増殖都市」の感想を投稿する。

本当は公開当時に書きたかったのだが、色々考えるとまとまらなくなってしまい、えらい期間寝かせてしまった。

 

公開から半年も経っているし、もはや今さらなのでネタバレ普通にあります。

 

ようこそメカゴジラシティへ

メカゴジラシティというアイディア、最初は「えっ?」と面食らったが面白いと思った。

怪獣を、一つの意思によって強大な力を行使する存在と考えれば、このメカゴジラシティも立派に怪獣の範囲に入ってくるはずだ。

高度な技術による一つの都市が、確固たる目的を持って増殖し続け、自らを武装化し敵をおびき寄せ殲滅する。

むしろ、人類が怪獣を作るとしたら、巨大生物やロボットの類より、こちらの方が方向性や実現性が高いと感じる。

しかし、作中でも描かれていたが、居住性はめちゃくちゃ悪そうだ

 

ビルサルドの思想とその先

これまで異星人サイドは、技術(機械)のビルサルドと信仰(宗教)のエクシフといった感じで描き分けられていたが

本作ではそれがより顕著にというか、ビルサルド思想の真骨頂を見せてもらった気がする。

 

元々ビルサルドは、機械技術に対して絶対的な信奉心のようなもっている事が、ところどころ描写されていたし

小説では、地球環境を管理するという名目で、地球へナノマシンの投入も割と強行に行っていたりする。

なので、今回いざメカゴジラシティでゴジラを迎え撃つという段階にかって、自ら進んでナノメタルを受け入れ

メカゴジラシティと同化する、合理化の極みみたいな行動には、不思議さはあまり感じられないし

むしろ、そりゃそうするよなぁと思ってしまうような潔さすら感じられた。まぁ、当然それを受け入れられない人間とは、激突してしまうのだが。

 

個人的に思うのは、今回のメカゴジラシティとの一体化やビルサルド的な思想を突き詰めていくと

個性とか個人差といったものは不要となっていくはずで、現在の人型生命体の群体で存在しているよりも

一つの完全無欠な存在、単体へと収束していくのが行き着く姿なのではないだろうか。それが今回はメカゴジラシティだった訳で。

 

そう思うと、メカゴジラ関連の話を扱った前日譚小説の第2弾である「プロジェクト・メカゴジラ」にて

最初に登場するエピソードが、惑星自身が怪獣という妖星ゴラスなのは、何か意味深でもある。

 

作品として面白かったのか?

個人的には、正直面白いとは言い切れない気分で映画館から帰った。

 

既に散々色んな感想等で書かれている内容と重複してしまうだろうが、特に思った点を挙げると

  • ゴジラ戦略が舞台と兵器を変えただけで殆ど同じ
  • メカゴジラシティが面白設定だけで終わっている

の2点になってしまう

 

メカゴジラを、メカゴジラシティという形に変えたのなら、それ相応の見応えのある戦闘シーンが欲しかった。

要は、もっと映画としての派手さが欲しかったのだ。

 

あくまで個人的な願望を述べると、メカ怪獣の成れの果て都市決戦なのだから、激しく増殖を繰り返しながら戦ったり

作り出す武器も、いわゆる普通の砲台とかではなく、小説で匂わされていたメカゴジラ武装とか

もっと総力戦的な狂気じみた場面が見たかったなーと思っている。無機質な都市の運用シーンとしてはまぁあり。

戦闘シーンが何か煮え切らないのは、1作目も同様なので、これがアニゴジなんだよと言われればそうかもしれないのだが。

タイトル通りの、増殖都市っぷりが発揮されるのは殆どが準備段階で、戦闘シーンではむしろ人間ドラマの方がメインだった印象だ。

最後ゴジラに破壊され尽くして、燃え盛る中でメカゴジラの断末魔の叫び的ものは欲しかった。

 

また、本作を通じて、怪獣映画に対する固定観念とか、様式に関する拘りのようなものが、想像以上に自分の中にある所に気付いた。

アニゴジは、そういったものをどこかとっぱらって制作されているイメージだから、こういう不満はそこから来るんだろう。

 

3作目について

本作のメカゴジラは、ビルサルドと強烈に紐付いていたように感じる

となれば、次回のキングギドラとエクシフも何かしら面白そうな繋がりが見えそうだ。そもそも、エクシフの星を滅ぼした者らしいし

エクシフは明らかに怪しいからだ(ど偏見)

 

それ以外でも、アニゴジ風アレンジの入ったキングギドラが、良い悪いは別としてどんな描かれ方をするのだろうか

また、今更怪獣プロレスをするのか?モスラの出番は本当にあるのか?といった疑問も尽きない。

 

本作を見ていたら、何かハルオ以下人類が地球を奪還出来るかとか、ある意味どうでも良くなってしまい

ただただ、この世界の行く末がどうなるのかが見たい。

 

おわり

正直、本作のメカゴジラに対する不評の6割くらいは、事前の宣伝に起因しているのではないか。

PV等の広告媒体の各所に、人類最後の希望<メカゴジラ>が目覚める、というコピーを差し込んだり

ポスター等のバックに、メカゴジラが居たら、やっぱり動いて戦うメカゴジラが見られると思ってしまうのは圧倒的不可避。

 

しかし、本作のゴジラのサイズが、メカゴジラ建造当時の6倍もあるという設定が生まれた時点で

仮に戦っても絵面的にどうなんだ?勝負になるのか?といった疑問は、前作の公開時から思っていたのも事実だ。

 

プレミアムバンダイにて販売された、アニゴジ版メカゴジラのソフビで初めてその全体像を見る。

ちゃんと、全体のデザインあったんだねという気持ちと共に、あのデザイン動くんだろうかなんて思ってしまう。