床が友だち!

日々の労働が辛い僕の体験まとめノート

ライブ会場には相性があるのではないだろうか?

声優ライブからライブ行くオタクを初めて4年くらい

そこから、気付けばアイドルライブのオタクへシフトし、週末だけだったライブ参加も普通に平日も行くようになり

ライブが週1~3回くらいの生活を送るようになり、表題のようなことを思うようになった。

 

この記事はそれを考える自問自答をする

 

相性とは?

本記事でテーマにする相性とは

「何か好きな演者ばっかなのに、イマイチ盛り上がんねーなー」みたいな

パッと見、絶対楽しいのに何故か盛り下がる気持ちに襲われて立ち直れなくなる場合だ

場面場面では楽しくなるけど、通しで見るとよく分からない低まりに襲われている瞬間、ありませんか?

 

実際そんな事があるのか?

これはあくまで体感なのだが、確実にあると思う

それも深刻なのが、おそらく開催されるライブ会場や公演単位でそのスイッチが切り替えられているかもしれないという事だ

 

あくまで私的なその会場

僕の場合はいくつか浮かぶ会場があって、会場自体は好きなんだけど、そこでのライブは不完全燃焼のまま帰る事の方が多い

 

幕張メッセ

道中の小旅行感や、田舎者でも知ってるでかい会場感は憧れ

しかし、展示ホールでのライブだと平坦な会場がちょっと残念で、僕のライブオタク人生で嫌なオタクに出会う事が多かった

 

・新宿ReNY

新宿駅から向かうどのルートを通っても味わう事の出来る高層ビル郡の景色と雰囲気は抜群

会場の清潔感とライブがハマった時の満足感は高いし、実際に最高のワンマンライブも体験出来た

しかしながら、この会場が一番謎の低まりに襲われる事も多くて、行くなら賭け的な一つの鬼門

 

白金高輪SELENE b2

こちらも綺麗で、更に音響やステージ背面の映像演出が素敵な会場だ。フロアのスペースも十分だ。

駅から少し歩くが、僕みたいに港区不慣れなら、それすら楽しい体験の一部になる。

しかしながら、何故かここも部分部分では楽しくても、ライブ終わり後に味わいたい「最高に楽しかったー!」

という気持ちとは少し遠く、何かモヤモヤが残る

 

結局、気持ちの持ちようなのでは?

ここまで色々書いていて何なのだが、確かに自分の気分次第とも言われればそんな気もするが

しかしながら、それでは応えられないような低まりを経験する事もあり、そうなると会場との縁というのも考えてしまう

だが、これは本当にタチが悪いもので、正直先に挙げた会場でのライブも楽しくもない事はないどころか

むしろ、チケ代は回収してしまっている感すらある

 

そこで辿り着いたのが、ライブの演者さんのステージと僕の楽しさが8割くらいである時に

残りの2割で会場との相性が干渉してくるのでは?、という疑惑だ。

楽しいんだけど、何かスカッと終われない帰れない、そんな状況は最後の最後で会場との相性がぶつかってくるからではないかと思う

 

ライブ会場との相性なんて本当にある?

僕は正直あると思っている

ライブって、演者とオタク含めてそれなりに大きな数の人間の感情がごった返す場所であるし

それが大なり小なり影響してるのは、ライブ行った事がある方なら何となく分かると思うし

それが会場レベルの、残留思念レベルで力を発揮してても仕方ないのでは?(飛躍し過ぎかな)

 

それでも、しかしどうしても楽しそうな演者さんが集まるライブは開催されるし、アイドルオタクだと

先に挙げた新宿ReNYと白金高輪SELENEも機会が多いから、僕の中では割と喫緊の話題となっている

勿論楽しい時もあるんだけど、だから終わった時に存分に楽しんだ感で帰れないのがもどかしくて!

 

初めから、期待値を底まで落として行くしかないのか

その辺りのいい感じの楽しみ方、織り込み方を知ってる方に教えを請いたい

やっぱりライブ行くならちゃんと楽しんで帰りたいしね

 

ちなみに、これは会場でなく公演事にも発揮される悩みだからライブオタクは楽しくも難しい

 

今さら語りたい、『GODZILLA 決戦機動増殖都市』

アニゴジ3部作も、いよいよ3作目が今週末から公開。この1年は割と早かった

 

そんな今になって、2作目である「決戦機動増殖都市」の感想を投稿する。

本当は公開当時に書きたかったのだが、色々考えるとまとまらなくなってしまい、えらい期間寝かせてしまった。

 

公開から半年も経っているし、もはや今さらなのでネタバレ普通にあります。

 

ようこそメカゴジラシティへ

メカゴジラシティというアイディア、最初は「えっ?」と面食らったが面白いと思った。

怪獣を、一つの意思によって強大な力を行使する存在と考えれば、このメカゴジラシティも立派に怪獣の範囲に入ってくるはずだ。

高度な技術による一つの都市が、確固たる目的を持って増殖し続け、自らを武装化し敵をおびき寄せ殲滅する。

むしろ、人類が怪獣を作るとしたら、巨大生物やロボットの類より、こちらの方が方向性や実現性が高いと感じる。

しかし、作中でも描かれていたが、居住性はめちゃくちゃ悪そうだ

 

ビルサルドの思想とその先

これまで異星人サイドは、技術(機械)のビルサルドと信仰(宗教)のエクシフといった感じで描き分けられていたが

本作ではそれがより顕著にというか、ビルサルド思想の真骨頂を見せてもらった気がする。

 

元々ビルサルドは、機械技術に対して絶対的な信奉心のようなもっている事が、ところどころ描写されていたし

小説では、地球環境を管理するという名目で、地球へナノマシンの投入も割と強行に行っていたりする。

なので、今回いざメカゴジラシティでゴジラを迎え撃つという段階にかって、自ら進んでナノメタルを受け入れ

メカゴジラシティと同化する、合理化の極みみたいな行動には、不思議さはあまり感じられないし

むしろ、そりゃそうするよなぁと思ってしまうような潔さすら感じられた。まぁ、当然それを受け入れられない人間とは、激突してしまうのだが。

 

個人的に思うのは、今回のメカゴジラシティとの一体化やビルサルド的な思想を突き詰めていくと

個性とか個人差といったものは不要となっていくはずで、現在の人型生命体の群体で存在しているよりも

一つの完全無欠な存在、単体へと収束していくのが行き着く姿なのではないだろうか。それが今回はメカゴジラシティだった訳で。

 

そう思うと、メカゴジラ関連の話を扱った前日譚小説の第2弾である「プロジェクト・メカゴジラ」にて

最初に登場するエピソードが、惑星自身が怪獣という妖星ゴラスなのは、何か意味深でもある。

 

作品として面白かったのか?

個人的には、正直面白いとは言い切れない気分で映画館から帰った。

 

既に散々色んな感想等で書かれている内容と重複してしまうだろうが、特に思った点を挙げると

  • ゴジラ戦略が舞台と兵器を変えただけで殆ど同じ
  • メカゴジラシティが面白設定だけで終わっている

の2点になってしまう

 

メカゴジラを、メカゴジラシティという形に変えたのなら、それ相応の見応えのある戦闘シーンが欲しかった。

要は、もっと映画としての派手さが欲しかったのだ。

 

あくまで個人的な願望を述べると、メカ怪獣の成れの果て都市決戦なのだから、激しく増殖を繰り返しながら戦ったり

作り出す武器も、いわゆる普通の砲台とかではなく、小説で匂わされていたメカゴジラ武装とか

もっと総力戦的な狂気じみた場面が見たかったなーと思っている。無機質な都市の運用シーンとしてはまぁあり。

戦闘シーンが何か煮え切らないのは、1作目も同様なので、これがアニゴジなんだよと言われればそうかもしれないのだが。

タイトル通りの、増殖都市っぷりが発揮されるのは殆どが準備段階で、戦闘シーンではむしろ人間ドラマの方がメインだった印象だ。

最後ゴジラに破壊され尽くして、燃え盛る中でメカゴジラの断末魔の叫び的ものは欲しかった。

 

また、本作を通じて、怪獣映画に対する固定観念とか、様式に関する拘りのようなものが、想像以上に自分の中にある所に気付いた。

アニゴジは、そういったものをどこかとっぱらって制作されているイメージだから、こういう不満はそこから来るんだろう。

 

3作目について

本作のメカゴジラは、ビルサルドと強烈に紐付いていたように感じる

となれば、次回のキングギドラとエクシフも何かしら面白そうな繋がりが見えそうだ。そもそも、エクシフの星を滅ぼした者らしいし

エクシフは明らかに怪しいからだ(ど偏見)

 

それ以外でも、アニゴジ風アレンジの入ったキングギドラが、良い悪いは別としてどんな描かれ方をするのだろうか

また、今更怪獣プロレスをするのか?モスラの出番は本当にあるのか?といった疑問も尽きない。

 

本作を見ていたら、何かハルオ以下人類が地球を奪還出来るかとか、ある意味どうでも良くなってしまい

ただただ、この世界の行く末がどうなるのかが見たい。

 

おわり

正直、本作のメカゴジラに対する不評の6割くらいは、事前の宣伝に起因しているのではないか。

PV等の広告媒体の各所に、人類最後の希望<メカゴジラ>が目覚める、というコピーを差し込んだり

ポスター等のバックに、メカゴジラが居たら、やっぱり動いて戦うメカゴジラが見られると思ってしまうのは圧倒的不可避。

 

しかし、本作のゴジラのサイズが、メカゴジラ建造当時の6倍もあるという設定が生まれた時点で

仮に戦っても絵面的にどうなんだ?勝負になるのか?といった疑問は、前作の公開時から思っていたのも事実だ。

 

プレミアムバンダイにて販売された、アニゴジ版メカゴジラのソフビで初めてその全体像を見る。

ちゃんと、全体のデザインあったんだねという気持ちと共に、あのデザイン動くんだろうかなんて思ってしまう。

 

葬祭センターの葬式と、分からなくなる人生

近頃、悲しいけど身内の不幸事が重なっている。

僕の地元はくそ田舎なんだけれど、ここ10年くらいかな、葬式は専ら葬祭センターで行われるようになった。

その経験は、どこか新鮮で、でもやっぱり葬式だから色々考えさせられる瞬間もある

そんな色々の纏まっていない雑記記事。

 

葬祭センターは快適で悪くない

葬式=寺とかちゃんとした場所!

みたいな意識を僕はどこか思っていたのだが、その認識は確実に書き換えられている

 

葬祭センターでの葬式は悪くないからだ

というより、下手に素人が寺に頼んでどうこうするより、よっぽど体裁が整っていて負担も少ないし

何より、ちゃんと故人のための式を整えて貰っている感覚がするからだ。

 

これはあくまで、僕の身内での話だけれども、亡くなったその日から葬祭センター内の宿泊施設に宿泊しつつ、各準備を担当の方と進めていく

宿泊施設は広く、空調も完璧で滞在しやすく、必要な設備は整っていて、ミネラルウォーターが飲み放題だ(準備に加われない帰省組はここがポイント高い)

 

葬儀自体も、清潔で綺麗な会場で、遺影や蝋燭など現代の技術が控えめながらも反映された環境と会場で

その中身は、寺で行うようなものがしっかり行なわれる。勿論空調等は完備されているので全くストレスがない

 

大事なのは心だと、むしろ気付く

ここまで環境を整えてもらった中での葬儀に参加して気付く事は、当たり前過ぎて申し訳ないのだが、故人への心が一番だという事だ

 

会場自体は確かに葬祭センターという体だけれど、葬儀の内容自体はお坊さんも来るし何も変わりがない

となれば、必要のは参加する我々の心持ちだという事で、正直僕は従来の寺でやるような葬式と何一つ変わらない気持ちだった 

そりゃ確かに現代っぽい技術は入ってるけど、でもそんなの関係ないくらいに故人への気持ちへは変わらない

これまでのアナログだった色々を取払った、単純に葬儀と故人への気持を向けられる分、こういう葬祭センターもアリではないのか?

そういった感想を得た。

 

ある意味の商業施設で、心が一番なんて結論に至ってしまったのが何とも言えない

確かに、式の進行から全て商業パッケージされているのに、悲しいかなそれを否定出来ない

 

ふとした拍子に見つけてしまった葬儀プラン用紙の、予定価格を見て渋面になってしまったが…

 

分からなくなる人生

こういった身内の不幸事に出会うと、人生いつ終わるか分からないし、それこそ明日上から落ちてきた植木鉢にぶつかり急死するかもしれないし

実際、そういう刹那主義な生き方は楽しいし、ある意味で楽。世界明日終わっても良いよみたいな気分だった

 

しかし、この葬儀の数週間前に妹が結婚式を挙げたり、その関係で両親と会うことも増えて

そういう出来事を通して、こんな世界いつでも終わりOKみたいな考えを持つ事自体、どうなんだろうと感じるようにも

 

モノやコトの社会といっても、死んでしまったらそのどちらも残らないし、ならばそれらに金を使う意味も

そもそも、その為の金に執着する意味も、本当に分からなくなっている。不安定

そして、締め方も本当に分からないから、この記事もここで終わる

 

 

帰省したら地元が限界集落になっていた

先日、地元へ帰省をした。

昨年末にも1度帰ったが、この雪のない時期に帰るのは数年ぶり

そこで見た景色を通して、地元の集落が限界集落と化している事実を知る事になる。

 


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人の気配がしないよ

まず、真っ先に感じた事がこれだ。

天気は曇時々雨という冴えない中だったが、日曜にも関わらずまるで人が生活している気配がしない

これは完全に僕の主観ではあるんだけれど、少なくとも地元で暮らしていた頃や、数年前まで帰省していた時はこんな事なかった。

本当に静か。

誰も歩いていない。勿論子供遊んでいない。

こんな引き篭もりばかりの集落ではなかったはずだ…

 


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明らかに増えた空き家・廃屋

 

老いた集落の姿

地元を歩いていると、確かにそこらかしこに住んでいた当時の姿を見る事が出来た。

しかし、そのどれもが朽ちていたり荒れていたり錆び付いていたりといった様子で、まるで集落全部が急速に老化したようだった。

  • 水位が大きく下がった水路
  • 誰も作付けを行わず荒れ放題な田んぼ
  • 錆び付いていく看板
  • 点々とあるそれなりの数の空き家

などの状態を見るのは、悲しいというか、正直何とも言えない妙な感情を抱いた。

 


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もはや面影のない田んぼ

 

これからどうなるの

個人的には、これからも過疎化は進行し、最終的には消滅集落となるのではないかと思っている。

何というか、悲しいとか改善策を考えるとか、そういう段階では既にない。そんな無慈悲な光景を見てしまったからだ。

もう、止まらない現実として受け止める、みたいな。

 

両親によると、現在住んでいるのは高齢者が殆どで、僕と同世代辺りの人間は出て行った後で

その親世代も街の方へ出て行くのが止まない。また、亡くなった人がここ数年(ちょうど僕が帰省してない期間)で多発したとの事。

 

両親は数年前から街の方へ出ているし、僕も戻るつもりはない。唯一住んでいた祖父母も亡くなってしまったので

めでたく実家も、この集落に沢山ある空き家の仲間入りを果たしそうだ。

 

インターネットの発達により(驚くべき事に、この過疎化にもひかりが開通している)

情報や物流のサービスでは僕が暮らしていた頃より向上している筈なのに、街から遠いという絶対的な理由の前にはなす術がなのは

どこか不思議に感じるし、持て囃されているスローライフ志向も、やはり「適度な」田舎だから成立してるんだろう

 


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僕の実家も仲間入りが近い

 

無理やり前向きに考える

ここまで悲しい現実を色々書いてきたが、最後に強引に明るい面を幾つか考えてみる

  1. 廃村感が良い味を出しているので、そういう田舎の和製ホラー(SIRENの羽生蛇村のような)が好きな人には刺さるかも
  2. 将来的に、もしかしたら杉沢村のように、廃村都市伝説としてカムバックするかもしれない
  3. 金が余って仕方のない人が、世間の煩わしさから逃れる為の別邸を設けるには、ある意味絶好のロケーションだと思う
  4. のら猫が沢山いる


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あぁこれくらいしか浮かばない残念だ。

 

 



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元々暗かったが、廃屋が増え街灯(勿論蛍光灯だ)のみになるとめちゃくちゃ怖い。

 


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黄昏感は悪くないのだが…

ロックマンX2をクリアする

先日、ロックマンX2をクリアした。

小学生以来2度目の全クリ画面を見る事が出来た。

それが嬉しかっただけで書いた記事です。


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ロックマンX2

スーパーファミコンのアクションゲーム、ロックマンXの続編として、1994年にリリース

僕が初めて触れたのは小学生の頃なのだが、同じ頃にXやX3、ロックマン7とかも遊んでいたのに

何故か分からないが圧倒的にX2が好きで、スーファミを卒業してからも、定期的に遊びたくて仕方がなかった。

かと言って、実家に埋もれたスーファミを発掘するまでも無くモヤモヤする日々を送っていたところ

2016年に3DSのVCにて配信開始。小学生ぶりに再開をする。

そして、2018年にロックマンXコレクションが発売されPS4でも遊べるようになり、まさに風が強く吹いてきたといった状況に。

 


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思わず、これこれ!となるステージ選択画面

 

 

ガチでやって負ける

X2は小学生の僕が唯一クリア出来たロックマンで、だったらアラサーとなった今なら尚更余裕だろうと

 

そんな気分で3DSで配信が始まった直後から遊んでいたが、これが驚くべきレベルで下手くそだった。

ノーダメクリアなんて夢のまた夢、普通のステージでもトラップやザコ敵の絶妙な配置でダメージを受けまくり

ボスに至っては弱点武器を使っているのに、負ける事もあり、小学生当時よりも自分が劣化しているのでは???と苛まされる

 

それでも、最後の意地(?)でサブタンクは使わないままでいたが、遂にシグマ第2形態でそれも破り

本気で挑むも負けてしまった。そこで、心がポキっと折れ、僕の3DSでの挑戦は終わった。

 

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最初はヘチマ派ですかワニ派ですか

 

しかし、やっぱり楽しかった

3DSで挫折したのにも関わらず、ロックマンXコレクション発売を機に、今度はPS4で遊び出す

やはり単純に、画面とボタンが一体化している携帯ゲーム機より、据え置きの方が遊びやすい気がする下手くそ

 

今回は、前回のような過度な自信もなく触れたせいか、より楽しく遊べたような気がする。

相変わらずボスの攻撃を避け切れず、華麗とは言い難いプレイだったが、それでも上手く回避出来ている時は

ボスとエックスとで何かダンスを踊っているような気持ちになり、それが醍醐味の一つかも知れないと、十数年を経て知る。

 

ロックマンって、そのレベルに見合った楽しさみたいなのがあって、僕のような場合は道中のトラップやザコでボロボロなにつつ

ボスに真剣に挑んで、少しづついなし方を理解し、それでもダメージくらいながら倒すっていう

そういうプレイスタイルが楽しいんだろうなーと気付いた。

小学生の頃から何も変わっていなかった( 笑 )

 


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おわりに

ロックマンシリーズの、遊び方自体はシンプルだけどもそれ故いつまでも楽しめる。そんな体験を今回味わえて楽しかった。

 

ゼロ戦は、カウンターハンターを倒しゼロパーツを揃えた方が、イベントシーンのみで楽だけど

やっぱりストーリー的には、シグマとの連戦を考えても、ここで戦っておいた方が熱い!という感想に落ち着きました。


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読書感想-『虐殺器官』

今更解説も不要。そんな有名な作品

読もう読もうと気になり続けて早数年、映画化の際にも読まないままきて、最近ようやく読み終える。

 

ハードなSFでもあるんだけれど、その書き方のおかげか

どこか儚さとか寂しさを覚える、独特の雰囲気が印象的であった。

 

完成度の高いSF

近未来的な世界観の中で展開される物語は、確かに良質なSF

主人公が所属する特殊部隊の使用する装備を始め、人工筋肉、脳機能のマスキングなど、SF好きをワクワクさせる世界観や設定がある。

 

個人的に特に印象深いのが、痛覚をマスキングする事で、痛いのは「分かる」が「感じない」兵士達が

体がボロボロになっても撃ち合いを続ける、ゾンビのような戦闘シーンだった。本作で描かれている

テクノロジーと倫理観的なものとの致命的なズレのような感覚を覚えた。

 

SFとして高い完成度があるものの、主人公の内面を語るような描き方からは、どこか寂しさ物悲しさのようなものを感じる

なので、虐殺器官というインパクトのあるタイトル、そのあらすじに釣られ読み始めた当初は

そのアンバランスな感じに驚きつつ、どこか読むのが癖になっていったという感覚だった。

 

虐殺器官とは

僕は当初、虐殺器官とはテロに対抗する兵士を育成する為に、何かしらの施術によって後付けされるものだと思っていた。

だから、それが人類の脳に元から備わっていた、言語を媒介とする機能であるとの種明かしには

綺麗に騙されたような、転がされたような気持ちになった。

 

そして、作品の中で幾度となく登場する「耳は瞼を持たない」といったフレーズや表現がここで効いてくる。

知らず知らずのうちに、本作で虐殺の文法とされるロジックにより語られる言葉の影響を受け

数年前まで平和を維持していた国々が、突如内戦と虐殺の世界へと化していく

一見小説的な設定のようにも思うがしかし、マスメディアや広告から僕が日々触れているSNSまで

常に言葉に囲まれている現代では、むしろアリ。というか、本作が出版された当時よりも今

今よりも今後の方が、よりリアルでその影響力・恐ろしさのようなものを発揮するのではないか。

 

最後、主人公がこの虐殺の文法を用いて、祖国のアメリカを内戦と虐殺の坩堝に叩き込んでいく場面は

僕自身がそういうバッドエンド寄りの結末が好きというのもあるけど

本作で描かれる世界と虐殺の文法と内戦と主人公の過去や考え、そういったものに浸かりきった後では

その終わり方がとても綺麗にすら思えるのは、やっぱり不思議な感覚だった。

 

おわりに

言語という、今のところ我々の生活とは切り離せないものが、このハードなSFの中核に据えられているのは

個人的にはどこかアンバランスさを感じるし、同時にその不安定さが強烈な個性に思う。

読んでいてとても面白く、厚さもそれなりだが全く気にならなかった。

 

あと、本作中には沢山の本や作家の引用が散りばめられているので、新しい興味のきっかけになったり

ちょっと頭が良くなった気分にもなれる( 笑 )

 

ゲーム感想-『ロックマン11 運命の歯車!!体験版』

いよいよ発売の迫る、ロックマンシリーズの最新作

その体験版が配信されていたので、早速遊んでみる

はたして、最新作はロックマン好きだけど下手くそな人間も楽しめるのだろうか

 


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今風のロックマン

実際触れてみて最初に思った事がこれ。

X7・8のような半3Dを混ぜたのとはまた違う、2Dのロックマン遊んでいる感覚はそのままに

、ビジュアル的な面を今風に強化したといった感じ

動かしていると、どうしてもスーファミ時代の動きが頭を過ぎるが、個人的にこの路線は結構好きだ

 

また、チャージショットを撃つ際にコントローラーが振動したり

爆破エフェクトも爽快感があって、とても良かった。

 
遊ぶ楽しさは健在

ロックマンが好きと言っても、僕は下手くそプレイヤーなので

今回遊べるステージでも、道中からボスに掛けて常にボコボコ状態

 

それでも、繰り返すうちにステージの仕組みを覚えていって進む過程とか

いい感じに嫌らしいところにいるザコの配置が懐かしく楽しい

 

ステージのギミック的にも、最新ハードっぽい大掛かりなものもあり

それらを今作のギアシステムと組み合わせクリアしていくのは新たな楽しみだった。

 


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ステージ長くないすか…

ステージ→ボス戦のおおまかな流れは変わらないが

今回遊ぶ事が出来たステージは、何かいつものロックマンシリーズよりも長いと感じた。

 

感覚的に、そろそろボス部屋の扉が見えてくるかなと思っても

画面が切り替わると、普通にステージが続いており

正直、まだあるんか!と思う事が何回かあった。

 

ロックマンの、8人のボス+最終エリアのステージという構成が

現代のフルプライスのゲームソフトとして、ボリューム面等でどうなのか?

という話題は、掲示板とかのロックマンのスレではよく上がる話題だったんだけど

今回の、長めのステージはそれに対するメーカー側の試行錯誤のような気もする

 

その他雑感
  • ギアシステムは慣れないと、誤作動をよく起こす(解除も簡単)
  • スピードギアは、強制横スクロール的な追い詰める仕掛けの救済策になる
  • ボイスはオプションでオフに出来る(個人的に一番嬉しい)
  • 武器によって、ロックマンの見た目の変化が大きいのは、地味に嬉しい

 


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おわりに

ロックマンの新作とか今遊んでも楽しいのか…?なんて疑問を抱いていたが、正直とても面白かった。

当時や最近出た各コレクションを遊んでいた感覚そのままに、楽しく遊べるのはまさに続編といった感覚だ。

難易度も複数用意されているので、過去作を幾つかクリア出来なかった僕でも、クリアは目指せそうなのが嬉しい

 

また、個人的に不安だったボイスについても、設定でちゃんとオフに出来たところも素直に嬉しい

ショット撃ちまくり、ダメージもそれなりに喰らうスタイルだから

その度にいちいち声出ても、正直鬱陶しいだねだしね(下手くそなだけ)

 

シリーズ30周年を迎え、本作を機にまた盛り上がって欲しいな