ゾンビランドサガの感想-勢いとパワーで泣いた-
ゾンビランドサガを先日完走した。
正直、1話見た時はこんな事態になるとは思っていなかった。
基本笑えるのに、たまにマジだったりイイハナシダナーしてたり熱かったり
毎週楽しみになってました。正に最高のコンテンツ
ゾンビィだけど
アイドルオタクの見るゾンビランドサガ
僕は普段アイドルのオタクをしていて、なのでアイドルというものを扱う本作は色んな面で楽しかった。
まずは、特典会の描写
結構リアルで笑う。フランシュシュはグッズ買ってチェキ撮るシステムなのね~~
その特典会に、こんなのアイドルのやる事じゃない!って昭和アイドル出身4号の純子ちゃんがキレる回があったんだけど
お前そんなアイドルもオタクも思ってる事言うなや…って気分になったり
そんな昭和アイドル4号と平成アイドルな3号愛ちゃんがぶつかったり
アイドルものって形だけかと思ってたら、結構アイドルを描く気あるんだな!ってだんだん印象が変わった作品
ゾンビも生きてる
本編後半から、メンバーの過去や死因が描かれていくんだけど、それぞれが独特で、でも更に好きになれるような感じで
色々壮絶だったり悲しさがあるのに、それを熱さや泣いちゃう感じにしたり、もう生前も死後も全部フルでキャラ描写に使う姿勢が
とにかく心地いい
僕が好きなこの作品の勢いってこういう部分から生まれてたんじゃないかなと思う
経緯はどうであれ生きて目標あるんだから、細かい事は前向きに変えていば良いんだよ!的な
アニメとしての面白さ
そんなストーリーの勢いを支えてたのが、アニメとしての部分
急にフリースタイルラップしたり、ギャグに振り切ったり、CGでライブシーンしたり(しかも高クオリティ)、泣ける家族愛したり、!?多用したり
毎回見て、何かしら強調する部分があって、それが脚本のバカみたいな勢いと合致しているのが最高に楽しい
ゾンビアイドルに触れた先に
僕は普段生きてるアイドルのオタクをしてるんだけど
何か熱いバックボーンと気持ちと上がる曲と見た目があれば生死はそこまで重要じゃない気がしてきた(?)
フランシュシュは神運営っぽいぞ!
奇抜な設定と予想外のOPに、突っ走る本編にそれを支えるアニメ的な楽しさ。全部が絶妙なバランスで
毎週リアルタイムで実況するのが楽しかった。
一見ネタアニメ、でも実は結構マジなアニメ?そんな視聴者をぐいぐい揺さぶるパワーが最高に素敵
曲が良いのもズルい
毎週木曜の夜の睡眠時間を犠牲にして1ミリも後悔がない、爽やかで熱い作品で嬉しかった。
正直、宮野真守を起用した時点で勝ちは決まっていた気がするが、よくこんな企画通ったな(笑)
SSSS.GRIDMANの感想-平成の終わりに再会したヒーロー-
先日SSSS.GRIDMANを完走した。
すごく爽やかに駆け抜けて行った、特撮のアニメでもありつつ、一つの青春アニメでもあった。
グリッドマン
実は僕は特撮時代のグリッドマンも触れていたんだけど
当時は本当に子供過ぎて本編の記憶が全くないし(おかげで、アニメでの特撮版を扱ったネタに全く気付けなかった)
最近、バンダイから出たミニプラの商品画像を見て、こんな感じだったなーと懐かしさを覚える程度
なので、今の時代にグリッドマンをアニメでやって、どうなんの?みたいな考えだった放送前
SSSS.GRIDMAN
そんな斜めに構えた中で始まった。
まず感想を言ってしまえば、すげえ面白かった…
BGMがない中で淡々と進んでいく日常パートと(もちろんここにも意味がある)
鷲巣詩郎さんのBGMがバキバキに冴える戦闘シーン
その戦闘シーンは確かにアニメなんだけど、確かに特撮でもあり、毎週見ていて嬉しかった。
しかし、個人的にはこの作品はメインの登場人物の、一つの青春ストーリーじゃないかなと思う
熱さと儚さ
SSSS.GRIDMANは熱い
先に挙げた戦闘シーンの魅力もそうだし、キャラの立ったアシストウェポンとの合体と焦らしに焦らしたフルパワーグリッドマン
そして、忘れられないアンチくんがグリッドナイトになる過程
それらが思わず、これこれ!と前のめりになるような熱と展開を生んでいて大満足
しかし、その反面本作は儚さの塊のような印象を覚えた。
まず、怪獣に破壊された建物は復帰しても人は帰って来ないこと。これが一番ストレート
でも、一応の全ての元凶新条アカネの世界との向き合い方もそうだし、グリッドマン同盟の3人も
それぞれが葛藤とか悩みを抱えているが、しかしそれはその年代特有というか、簡単に言えばあるあるな感じ
問題は、それが自分ら世界にデカい影響を与える力を持ったり、それに立ち向かうハイパーエージェント一行巻き込まれたりしただけ
その大袈裟な部分を取っ払うと、本作は青春ストーリーのアニメだし、本編見る限りはちゃんとそれぞれにケリがついて
前向きなエンディングを迎えたと思う。そこが個人的に特に刺さったんだと感じる。
ひと夏の思い出のような、一時の鮮烈な体験というのかな。そういうの羨ましいな
おわりに
SSSS.GRIDMANについて、特撮版を踏まえた感想書くぞ!と思っても、まず記憶もないから考察出来ないし
それなら、本作から受けた印象を一気に書いてしまおうと思った次第(考察とか出来ればもっと楽しかったはず…
しかし、本作はOPとEDのそれぞれがすごく良い仕事をしていたと感じる
EDのyouthful beautifulは一見爽やかで、どこか切ない。フルで聞くと色んな楽しみがある曲。ギターがすげえエモい
そして、OPのUNIONは全てネタバレの塊過ぎてビビる。本作の全部がこの曲にあるよ。
是非、フルも聞いてみて!
ボヘミアン・ラプソディを観た
残念ながらQueen世代じゃないオタクが見た感想です。
正直、直撃世代の人達を最高に羨ましく思った。
世代じゃないのに、最高に心に響いたライブがあった。
そんな映画
最高に贅沢な時間
世代じゃない僕でも耳にした事がある曲の多いQUEEN
そんな曲の制作過程を知れる事、そしてラストのウェンブリーでのライブシーンは贅沢としか感じられない
制作シーンでは、笑える感じの良い意味での軽いノリが楽しかったり、単純に興味深く
ちょっと険悪さも見られる中でも、曲が作られていく過程を垣間見られる事にドキドキしたり
一つのバンドの裏側的なものを見させて貰えたのが新鮮であり、本作の一つの心に残る引っ掛かりのように感じた。
そして、最大の目玉であるウェンブリーのライブシーン
本作の冒頭のシーンから続く、正に本編と言ってもいい場面にはとにかく圧倒された。
曲の良さは勿論、ライブで盛り上がる客の姿もそう。全てが心にグッと刺さる
僕は普段行くのはアイドルのライブで、一緒にすんな!って言われるかもしれないが、それでもライブの楽しさは知っているつもりだ。
それだけに、熱狂しまくる客の姿が印象的で、そんなライブを惜しみなく披露するこの場面が本当に印象的だ。
その中に混ざりたかったわ…
これはQueenの映画だ
本作は、フレディ・マーキュリーのストーリーが軸となり展開されていく
そんな意味ではフレディ・マーキュリーの映画なんだと思うけれど
にわかの僕は、それで終えるのは勿体なくてQueen全部の映画だと思うようになった。
個人的にQueen=フレディ・マーキュリーみたいなイメージがあった中で、本作は他のメンバーのシーンや姿が印象的過ぎた。
ギターのブライアンは、特徴的な髪型に加え、バンドの良い纏め役
ドラムのロジャーは、女の子か!と思う様なビジュアルに我の強さ
ベースのジョンは、やるべき事が出来れば良い的な姿を魅せつつ、クールな振る舞い
これまでの、何となくなイメージでは到底思い得ない各メンバーの姿や言動、それらが新鮮でカッコいい
おまけにみんなヒット曲を作れる!
なんだそれすごいな!と思いっぱなしのメンバーが熱い。和解のシーン良いよ…
世代じゃないから憎い
本作のQueenの立ち上がけから、色んな問題が突っ込まれていて僕は正直情報過多になってしまった。
そんな色々を積み重ねてのラストのライブシーンがあるだけに、その境地に辿り着けなかったのが正直悲しい
多分、ネットで調べて単純な予習をするのではなく、その当時の本当の空気を知らないと分からない
そんな超えられない壁を感じだ。
恐らく本作を観ているであろう父と感想を言い合う楽しみは出来たが、正直リアル世代の人達ずる過ぎでしょ
【ライブ感想】Jewel☆Neige 1stワンマンライブは未来しか見えなかった
11月25日開催
Jewel☆Neige 1stワンマンライブ
新宿BLAZEから始まるねーじゅとクリスターの夢への軌道!~800人と見上げた空から舞う雪はMI☆RA☆I☆へ!!と~
に参加してきました(タイトル長いな!)。
率直に言ってめちゃくちゃ楽しくて、これからのMI☆RA☆I☆しか見えないワンマンだった。
Jewel☆Neige
僕の好きなアイドルさんが多数所属するArc Jewel所属ということで、実は改名前のじぇるの!からちょいちょいライブを見ていた。
それからグループ名が変わり、ライブ行く内に曲も段々覚えて、といった段階で今回のワンマンを迎える。
メンバーの個性、他のAJアイドルさんとはまた違った意味で強いよね(笑)
ライブハウスに雪が降る
Jewel☆Neigeといえば雪がコンセプト!というのは見る内に知ってはいたけど、それを本当にライブ演出に取り入れるとは驚きだった。
ステージ上方から雪が降ってきました。その成分はよく分からない
しかし、それはライブ体験にちょっと替えようが無いくらいの効果と印象を生んでいた。
本当に雪の降る中ライブをしているように見えた。屋内の、地下のライブハウスでだ。
アイドルのライブには結構行くオタクだけど、あの時に景色は、他では味わったことの無かった。視覚で楽しませるライブが嬉しい
Jewel☆Neige好きかもしれない
先にも書いた通り、正直僕はAJ所属で割合ライブが楽しいからワンマンも行こう~~、という気分での参加だった。
しかし今はそんな、変に言うと軽い感じでは無くなっていると思ってしまうところがある。
だって、ライブもステージもオタク(クリスター)の盛り上がりもめちゃくちゃ良かったんだよ
念願のワンマンという事で、演者もフロアも気合いのようなものを感じるし、実際これまで見知った曲でも普段とは違う
何よりそんな気合い入った中でも、それが決して重くない、そこに居る客みんな楽しませる的な雰囲気がすげえ良い。
ステージ上のパフォーマンスも、曲により一緒に盛り上げたり、魅せてくれたりと、これがワンマン!的なパワーが素敵だった。
僕が好きなJewel☆Neige曲
『白い雪とマーガレット』と『涙の跡が乾くまで』の2曲とは、今日出会った時にエモ過ぎて思わず頭を抱える
『MI☆RA☆I☆へ』→『Jewel』の流れでは、フロアで溢れんばかりに盛り上がるそれにノッて、今日一のハイライトを決めてしまった。
カッコいい曲も聞かせる曲も盛り上がり曲も、きっちり取り揃えているJewel☆Neigeの楽曲パワーをバキバキに体感してしまった。
メンバーのパフォーマンスもめっちゃ良い!好きにならない訳が無い…
最高なライブしか産まない新宿BLAZE
おわりに
日曜の12時開演でやっていい内容じゃない。余韻を抱えて寝るには、終演14時半はちょっと早過ぎる(笑)
夜公演でも全然行けるよ!そんな感想を得る。
少なくとも僕はライブ参加前の昨日より何倍もJewel☆Neigeが好きになった。
そんなちょろさですら、だってワンマン最高だったから仕方ないじゃん…と開き直れるライブ体験だ。
ずっと楽しくて充実した内容に、新シングル発売決定と、応援する側からしたら楽しみな未来しか見えない、そんな実感のある素敵なワンマンライブに参加出来た事が嬉しい。
ステージでのメンバーみんな、めちゃめちゃ輝いていたのが何か嬉しかった。
その他雑感
- 終演後流れた、本日初雪が観測されたってアナウンスがいい仕事をしていた。
- 会場入り切らなくて、フロアのドア半開きのBLAZEとか初めて見る。
- 冬曲メドレーでのスノハレで、ラブライバー経験を存分に生かしてるオタク大杉
- MI☆RA☆I☆へ!!の盛り上がり方はAJであんま見られないやつだから、これからも続いて欲しい。
- 挨拶での運び方やMCでの小ネタが、声優・アニメライブのそれっぽい
- MCでの、これからも正統派を目指す発言にザワつく会場。
- MC入ると、メンバーの個性が即出て面白い事に気付いた。
- 綺麗な初雪だった。
ライブ会場には相性があるのではないだろうか?
声優ライブからライブ行くオタクを初めて4年くらい
そこから、気付けばアイドルライブのオタクへシフトし、週末だけだったライブ参加も普通に平日も行くようになり
ライブが週1~3回くらいの生活を送るようになり、表題のようなことを思うようになった。
この記事はそれを考える自問自答をする
相性とは?
本記事でテーマにする相性とは
「何か好きな演者ばっかなのに、イマイチ盛り上がんねーなー」みたいな
パッと見、絶対楽しいのに何故か盛り下がる気持ちに襲われて立ち直れなくなる場合だ
場面場面では楽しくなるけど、通しで見るとよく分からない低まりに襲われている瞬間、ありませんか?
実際そんな事があるのか?
これはあくまで体感なのだが、確実にあると思う
それも深刻なのが、おそらく開催されるライブ会場や公演単位でそのスイッチが切り替えられているかもしれないという事だ
あくまで私的なその会場
僕の場合はいくつか浮かぶ会場があって、会場自体は好きなんだけど、そこでのライブは不完全燃焼のまま帰る事の方が多い
道中の小旅行感や、田舎者でも知ってるでかい会場感は憧れ
しかし、展示ホールでのライブだと平坦な会場がちょっと残念で、僕のライブオタク人生で嫌なオタクに出会う事が多かった
・新宿ReNY
新宿駅から向かうどのルートを通っても味わう事の出来る高層ビル郡の景色と雰囲気は抜群
会場の清潔感とライブがハマった時の満足感は高いし、実際に最高のワンマンライブも体験出来た
しかしながら、この会場が一番謎の低まりに襲われる事も多くて、行くなら賭け的な一つの鬼門
こちらも綺麗で、更に音響やステージ背面の映像演出が素敵な会場だ。フロアのスペースも十分だ。
駅から少し歩くが、僕みたいに港区不慣れなら、それすら楽しい体験の一部になる。
しかしながら、何故かここも部分部分では楽しくても、ライブ終わり後に味わいたい「最高に楽しかったー!」
という気持ちとは少し遠く、何かモヤモヤが残る
結局、気持ちの持ちようなのでは?
ここまで色々書いていて何なのだが、確かに自分の気分次第とも言われればそんな気もするが
しかしながら、それでは応えられないような低まりを経験する事もあり、そうなると会場との縁というのも考えてしまう
だが、これは本当にタチが悪いもので、正直先に挙げた会場でのライブも楽しくもない事はないどころか
むしろ、チケ代は回収してしまっている感すらある
そこで辿り着いたのが、ライブの演者さんのステージと僕の楽しさが8割くらいである時に
残りの2割で会場との相性が干渉してくるのでは?、という疑惑だ。
楽しいんだけど、何かスカッと終われない帰れない、そんな状況は最後の最後で会場との相性がぶつかってくるからではないかと思う
ライブ会場との相性なんて本当にある?
僕は正直あると思っている
ライブって、演者とオタク含めてそれなりに大きな数の人間の感情がごった返す場所であるし
それが大なり小なり影響してるのは、ライブ行った事がある方なら何となく分かると思うし
それが会場レベルの、残留思念レベルで力を発揮してても仕方ないのでは?(飛躍し過ぎかな)
それでも、しかしどうしても楽しそうな演者さんが集まるライブは開催されるし、アイドルオタクだと
先に挙げた新宿ReNYと白金高輪SELENEも機会が多いから、僕の中では割と喫緊の話題となっている
勿論楽しい時もあるんだけど、だから終わった時に存分に楽しんだ感で帰れないのがもどかしくて!
初めから、期待値を底まで落として行くしかないのか
その辺りのいい感じの楽しみ方、織り込み方を知ってる方に教えを請いたい
やっぱりライブ行くならちゃんと楽しんで帰りたいしね
ちなみに、これは会場でなく公演事にも発揮される悩みだからライブオタクは楽しくも難しい
今さら語りたい、『GODZILLA 決戦機動増殖都市』
アニゴジ3部作も、いよいよ3作目が今週末から公開。この1年は割と早かった
そんな今になって、2作目である「決戦機動増殖都市」の感想を投稿する。
本当は公開当時に書きたかったのだが、色々考えるとまとまらなくなってしまい、えらい期間寝かせてしまった。
公開から半年も経っているし、もはや今さらなのでネタバレ普通にあります。
ようこそメカゴジラシティへ
メカゴジラシティというアイディア、最初は「えっ?」と面食らったが面白いと思った。
怪獣を、一つの意思によって強大な力を行使する存在と考えれば、このメカゴジラシティも立派に怪獣の範囲に入ってくるはずだ。
高度な技術による一つの都市が、確固たる目的を持って増殖し続け、自らを武装化し敵をおびき寄せ殲滅する。
むしろ、人類が怪獣を作るとしたら、巨大生物やロボットの類より、こちらの方が方向性や実現性が高いと感じる。
しかし、作中でも描かれていたが、居住性はめちゃくちゃ悪そうだ
ビルサルドの思想とその先
これまで異星人サイドは、技術(機械)のビルサルドと信仰(宗教)のエクシフといった感じで描き分けられていたが
本作ではそれがより顕著にというか、ビルサルド思想の真骨頂を見せてもらった気がする。
元々ビルサルドは、機械技術に対して絶対的な信奉心のようなもっている事が、ところどころ描写されていたし
小説では、地球環境を管理するという名目で、地球へナノマシンの投入も割と強行に行っていたりする。
なので、今回いざメカゴジラシティでゴジラを迎え撃つという段階にかって、自ら進んでナノメタルを受け入れ
メカゴジラシティと同化する、合理化の極みみたいな行動には、不思議さはあまり感じられないし
むしろ、そりゃそうするよなぁと思ってしまうような潔さすら感じられた。まぁ、当然それを受け入れられない人間とは、激突してしまうのだが。
個人的に思うのは、今回のメカゴジラシティとの一体化やビルサルド的な思想を突き詰めていくと
個性とか個人差といったものは不要となっていくはずで、現在の人型生命体の群体で存在しているよりも
一つの完全無欠な存在、単体へと収束していくのが行き着く姿なのではないだろうか。それが今回はメカゴジラシティだった訳で。
そう思うと、メカゴジラ関連の話を扱った前日譚小説の第2弾である「プロジェクト・メカゴジラ」にて
最初に登場するエピソードが、惑星自身が怪獣という妖星ゴラスなのは、何か意味深でもある。
作品として面白かったのか?
個人的には、正直面白いとは言い切れない気分で映画館から帰った。
既に散々色んな感想等で書かれている内容と重複してしまうだろうが、特に思った点を挙げると
の2点になってしまう
メカゴジラを、メカゴジラシティという形に変えたのなら、それ相応の見応えのある戦闘シーンが欲しかった。
要は、もっと映画としての派手さが欲しかったのだ。
あくまで個人的な願望を述べると、メカ怪獣の成れの果て都市決戦なのだから、激しく増殖を繰り返しながら戦ったり
作り出す武器も、いわゆる普通の砲台とかではなく、小説で匂わされていたメカゴジラの武装とか
もっと総力戦的な狂気じみた場面が見たかったなーと思っている。無機質な都市の運用シーンとしてはまぁあり。
戦闘シーンが何か煮え切らないのは、1作目も同様なので、これがアニゴジなんだよと言われればそうかもしれないのだが。
タイトル通りの、増殖都市っぷりが発揮されるのは殆どが準備段階で、戦闘シーンではむしろ人間ドラマの方がメインだった印象だ。
最後ゴジラに破壊され尽くして、燃え盛る中でメカゴジラの断末魔の叫び的ものは欲しかった。
また、本作を通じて、怪獣映画に対する固定観念とか、様式に関する拘りのようなものが、想像以上に自分の中にある所に気付いた。
アニゴジは、そういったものをどこかとっぱらって制作されているイメージだから、こういう不満はそこから来るんだろう。
3作目について
本作のメカゴジラは、ビルサルドと強烈に紐付いていたように感じる
となれば、次回のキングギドラとエクシフも何かしら面白そうな繋がりが見えそうだ。そもそも、エクシフの星を滅ぼした者らしいし
エクシフは明らかに怪しいからだ(ど偏見)
それ以外でも、アニゴジ風アレンジの入ったキングギドラが、良い悪いは別としてどんな描かれ方をするのだろうか
また、今更怪獣プロレスをするのか?モスラの出番は本当にあるのか?といった疑問も尽きない。
本作を見ていたら、何かハルオ以下人類が地球を奪還出来るかとか、ある意味どうでも良くなってしまい
ただただ、この世界の行く末がどうなるのかが見たい。
おわりに
正直、本作のメカゴジラに対する不評の6割くらいは、事前の宣伝に起因しているのではないか。
PV等の広告媒体の各所に、人類最後の希望<メカゴジラ>が目覚める、というコピーを差し込んだり
ポスター等のバックに、メカゴジラが居たら、やっぱり動いて戦うメカゴジラが見られると思ってしまうのは圧倒的不可避。
しかし、本作のゴジラのサイズが、メカゴジラ建造当時の6倍もあるという設定が生まれた時点で
仮に戦っても絵面的にどうなんだ?勝負になるのか?といった疑問は、前作の公開時から思っていたのも事実だ。
プレミアムバンダイにて販売された、アニゴジ版メカゴジラのソフビで初めてその全体像を見る。
ちゃんと、全体のデザインあったんだねという気持ちと共に、あのデザイン動くんだろうかなんて思ってしまう。
葬祭センターの葬式と、分からなくなる人生
近頃、悲しいけど身内の不幸事が重なっている。
僕の地元はくそ田舎なんだけれど、ここ10年くらいかな、葬式は専ら葬祭センターで行われるようになった。
その経験は、どこか新鮮で、でもやっぱり葬式だから色々考えさせられる瞬間もある
そんな色々の纏まっていない雑記記事。
葬祭センターは快適で悪くない
葬式=寺とかちゃんとした場所!
みたいな意識を僕はどこか思っていたのだが、その認識は確実に書き換えられている
葬祭センターでの葬式は悪くないからだ
というより、下手に素人が寺に頼んでどうこうするより、よっぽど体裁が整っていて負担も少ないし
何より、ちゃんと故人のための式を整えて貰っている感覚がするからだ。
これはあくまで、僕の身内での話だけれども、亡くなったその日から葬祭センター内の宿泊施設に宿泊しつつ、各準備を担当の方と進めていく
宿泊施設は広く、空調も完璧で滞在しやすく、必要な設備は整っていて、ミネラルウォーターが飲み放題だ(準備に加われない帰省組はここがポイント高い)
葬儀自体も、清潔で綺麗な会場で、遺影や蝋燭など現代の技術が控えめながらも反映された環境と会場で
その中身は、寺で行うようなものがしっかり行なわれる。勿論空調等は完備されているので全くストレスがない
大事なのは心だと、むしろ気付く
ここまで環境を整えてもらった中での葬儀に参加して気付く事は、当たり前過ぎて申し訳ないのだが、故人への心が一番だという事だ
会場自体は確かに葬祭センターという体だけれど、葬儀の内容自体はお坊さんも来るし何も変わりがない
となれば、必要のは参加する我々の心持ちだという事で、正直僕は従来の寺でやるような葬式と何一つ変わらない気持ちだった
そりゃ確かに現代っぽい技術は入ってるけど、でもそんなの関係ないくらいに故人への気持ちへは変わらない
これまでのアナログだった色々を取払った、単純に葬儀と故人への気持を向けられる分、こういう葬祭センターもアリではないのか?
そういった感想を得た。
ある意味の商業施設で、心が一番なんて結論に至ってしまったのが何とも言えない
確かに、式の進行から全て商業パッケージされているのに、悲しいかなそれを否定出来ない
ふとした拍子に見つけてしまった葬儀プラン用紙の、予定価格を見て渋面になってしまったが…
分からなくなる人生
こういった身内の不幸事に出会うと、人生いつ終わるか分からないし、それこそ明日上から落ちてきた植木鉢にぶつかり急死するかもしれないし
実際、そういう刹那主義な生き方は楽しいし、ある意味で楽。世界明日終わっても良いよみたいな気分だった
しかし、この葬儀の数週間前に妹が結婚式を挙げたり、その関係で両親と会うことも増えて
そういう出来事を通して、こんな世界いつでも終わりOKみたいな考えを持つ事自体、どうなんだろうと感じるようにも
モノやコトの社会といっても、死んでしまったらそのどちらも残らないし、ならばそれらに金を使う意味も
そもそも、その為の金に執着する意味も、本当に分からなくなっている。不安定
そして、締め方も本当に分からないから、この記事もここで終わる